Table of Contents
那須連山
那須火山帯の盟主である那須火山群の主峰。別名茶臼岳 (ちゃうすだけ) ともいい、標高1915メートル。栃木県北部の那須町西端にある。北―南に並ぶ三本槍 (やり) 岳(1917メートル、最高峰)、朝日岳、那須岳、南月 (なんげつ) 山、黒尾谷 (くろおだに) 岳の那須五岳と、さらに南の白笹山 (しろざさやま) を含めて那須山とよび、花崗閃緑 (かこうせんりょく) 岩、石英斑 (はん) 岩や第三紀の凝灰岩や砂岩などを基盤とするおもに輝石安山岩からなる第四紀の成層火山。那須岳は溶岩円頂丘で、諸峰中でもっとも新しく、有史以後の8回の噴火(最古は1397年、最新は1963年)は那須岳に限られる。すべて爆発型噴火で、とくに1410年(応永17)の大噴火では、噴石・山崩れ・泥流で、死者180余人を出した。中央火口丘の内外に硫気孔が多く、西側斜面の爆裂火口「無間 (むげん) 地獄」はとくに活発である。東側山麓 (さんろく) の硫気孔群「殺生石 (せっしょうせき) 」も著名である。山腹・山麓は温泉に富み、昔から湯治場として栄えてきたが、近年は観光開発が進んだ。JR東北新幹線那須塩原駅、東北本線黒磯 (くろいそ) 駅から那須岳山麓駅までバス。ロープウェーで3分、さらに徒歩約40分で登頂できる。1950年(昭和25)に日光国立公園に編入された。
[諏訪 彰]"那須岳", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-12-01)
滝のシーズンが終わり、冬山にはまだ少し早いこの時期は毎年そわそわしている。
いっそのこと一気に雪が積もって冬山になってくれればとも思うがどうしようもない。
またこの週末は東北全体の天気が悪かったため、栃木まで南下し観光登山をすることに。
日光はよく歩いてますが、那須のエリアはほとんど歩いたことがなかったのでかなり新鮮な山登りになった。
荒涼した山肌と活火山然とした那須岳の姿が忘れられない。
今回はロープウェイ山麓駅をスタートする那須岳、朝日岳、三本槍岳の縦走コースだ。
行程
YAMAP・ログ
茶臼岳(那須岳)~三本槍岳 プチ縦走 / kuzumisawaさんの茶臼岳(那須岳)・那須岳・朝日岳(栃木県)の活動データ | YAMAP / ヤマップ
YOUTUBE
2021年11月13日 那須連山
08:10 那須ロープウェイ山麓駅
茶臼岳の麓、那須ロープウェイ山麓駅に到着。
先の駐車場から登っても良かったですが、せっかくなのでロープウェイを使わせてもらい標高を一気に上げていきます。
帰路は天気さえ崩れなければ歩いて下るつもりなので片道切符を購入。
山頂駅から40分ほどで茶臼岳山頂につく。
それにしても岩が目立つ色味のない山だ。
登山者のカラフルなザックが余計に目立っているように見える。
08:58 茶臼岳山頂
あっという間に山頂に到着。
これほどあっけなく着いてしまうのなら、下から歩いて登ればよかったかもしれない。
西側には爆裂火口である「無間地獄」が見える。
山頂から朝日岳側を眺めると絶景が広がっていた。
朝日岳と峠の茶屋跡避難小屋が見える。荒々しい山肌の中にポツンと佇む山小屋が目立つ。
こんな絶景が見れるなんて全く期待していなかった分、度肝を抜かされた。
これを見れただけでも今回の山行に価値を感じた。
09:28 峠の茶屋跡避難小屋
風が吹きすさぶ稜線から逃げるように小屋に入る。
なにやら地元の登山会の方々が小屋の整備をされていた。
どうやら冬支度のようだ。
標高は2,000mはない程度だが、荒涼とした山肌が高山の雰囲気を醸し出している。
リッジにファインダーを向けると朝日岳に向かう登山者の姿が見えた。
10:10 朝日岳
標高1,896m、朝日岳に登頂。
那須岳から見た朝日岳は刃物のようにすっぱりと切れ落ちていて、随分険しいようにみえたが、一部鎖場があっただけで危ないところはなかった。
それにしても絶景な稜線が続いている。三本槍岳へのルートも美しいが、振り返った那須岳が何より美しい。
活火山の力強さ、大地のエネルギーを感じる。
三本槍岳へ。
三本槍岳までの登山道は、朝日岳までの道とは違い、だいぶ穏やかな勾配になった。
低木も増え始め、さっきまでの火山然とした那須岳とは違った景色だ。
予報通り天気が崩れ始め、風が吹き、雪がちらつき始めた。
11:19 三本槍岳
ガスが北側から流れ始め、青空は見えなくなってしまった。
山頂からの展望は0だが、ガスの合間から見える霧氷が美しい。
低木に付着した氷の結晶が幻想的な風景を作り出している。
ガスから逃げるように朝日岳まで戻ってきた。
山を一つ変えただけで天気もガラッと変わってしまう。
朝日岳を下り、峠の茶屋から歩いて登山口まで降りてゆく。
13:07 下山
登山口までは道もかなり整備されており快適に下ることが出来た。
往路でロープウェイを使ったからか、かなり早い時間に降りてきてしまった。
活火山那須岳の影響を受ける「那須湯本」も気になっているが、それは次回来た時のお楽しみにしようと思う。
駒止の滝
落差20mの直瀑「駒止の滝」は別名「駒ヶ滝」「那須第一の滝」とも呼ばれる。
帰路は那須岳の麓に流れる美瀑に寄り道した。
木々の葉は落ち少し寂しいように見えるが、滝壺まではっきりと見えた。
ミルキーブルーの滝壺は那須岳の反対側に流れる「甲子八十八滝」を思い出した。やはりこのエリアの滝は「青」い。
観瀑台からの遠望しかできないが右岸の斜面を下れば滝壺まで降りられそうだ。
白河の関
東山道で下野から陸奥に入る入口に置かれた関所。現在の白河市旗宿に比定される。勿来関(なこそのせき)(現,福島県),念珠関(ねずがせき)(現,山形県)と並んで〈奥州三関〉と称され,ともに蝦夷対策のために設置されたものだろう。平安時代の835年(承和2)12月3日の太政官符に登場するのが史料上の初見だが,その中に〈剗(せき)(関)を置きて以来,今に四百余歳〉とあるから,すでに奈良時代には設置されていたと推定される。関としての実質は平安後期には失われていたらしい。西行が〈白河の関屋を月のもるかげは人の心をとむるなりけり〉という歌を,関屋の柱に書き付けたのが事実なら,平安末には関屋も廃墟となっていたと思われ,近世になると関の所在地も不確定となった。一方,能因法師の歌で代表されるように,歌枕としての白河関は都でも有名で,また白河を関東と奥羽との境界とする観念は,近代に至るまで根強く存在した。
[大沢 正敏"白河関", 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-12-01)
せっかくなので関東と東北の境「白河の関」にも寄ってみた。
「これが甲子園優勝旗が越えることが出来ない白河の関」かのんびりと散策。
白河の関を越え、私は仙台に戻った。
久々の関東への遠出だったが、普段歩かない山域を歩くことでリフレッシュすることが出来た。
今後は日光だけじゃなく積極的に関東方面にも足を延ばしたい。
そろそろ雪山の季節。せっかくスノーシューを新調したことだし、今シーズンはガンガン使ってやろうと思う。